海苔巻きや寿司、おにぎりなど、日本食に欠かせないノリは、カルシウムやタンパク質、ビタミン類などを多く含み、栄養的にも大変優れた食品だ。ところが、近年の地球温暖化の影響によりノリの生産量が減っている。23℃以下にならないとノリは育たないのだが、日本を代表するノリ漁場の多くで23℃以下になる期間が短くなっているのが原因だ。そうした環境の変化にも対応できるように、高水温耐性のあるノリの育種が行われている。ゲノム解析などの技術を活用した最新の研究動向を紹介する。

近年、日本人の国民食ともいえるノリ養殖が危機的状況にあるのをご存じだろうか。日本の海面では、ノリをはじめブリやマダイなどの魚類、カキ類、ホタテガイなどが養殖されているが、その中でもノリの収穫量(重量)がもっとも多い。しかし、その数は10年ほど前から徐々に減少している。かつてノリの生産枚数は年間100億枚を超えていたが、ここ数年は80億枚を下回る年も出てきた。

これほどノリの生産量が低下した一番の原因は地球温暖化による海水温の上昇にある。気象庁の調査では、日本近海における2017年までのおよそ100年間での海域平均海面水温の上昇率は+1.11℃となった。この数字は世界全体での上昇率の約2倍である。100年で1℃と聞くとわずかな変化のように感じられるが、ノリの養殖への影響は深刻だ。

■日本の海面養殖収穫量統計
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魚類や貝類などに比べて、ノリの収穫量はかなり多いが、10年ほど前から減少傾向にある(資料提供:水産研究・教育機構)

 

■ノリ生産枚数の推移
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平成19年(2008年)頃から減り始め、ここ数年は80億枚を下回っている(資料提供:水産研究・教育機構)

海水温上昇でノリの生育期間が1カ月も短縮

ノリ養殖では海水温が重要で、季節ごとに成長するサイクルがある。5月から9月は、カキ殻に潜り込んだノリの糸状体が育つ時期。はじめは真っ白だったカキ殻が真っ黒になるほど殻胞子が成長したら、網に付ける(種付け)。10月になり水温が23℃まで下がると、その網を漁場に張って3月くらいまで養殖し、育ったノリ(葉状体)を摘み取り、一枚ずつ乾燥させて食用のノリが完成する。

ところが、近年の温暖化の影響により、水温が下がる時期が遅くなっている。以前であれば10月の第1週には23℃以下になっていたところ、第2週、第3週にならなければ23℃以下に達しなくなってしまったのだ。しかも、再び水温が上がる時期は早くなっている。養殖スタートが2週間遅れ、養殖の終わりが2週間早まれば、全体で1カ月程度も生育期間が短くなってしまう。

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ノリの養殖生産量が減少している最大の原因は海水温の上昇(資料提供:水産研究・教育機構)

生育期間が短くなると十分に育たなかったり、収穫回数が減ったりするために、全体の生産量が減ってしまう。また、水温が高いと、赤潮が発生しやすくなり、ノリの生育に必要な栄養塩が不足して、ノリ色素が薄くなる「色落ち」が起きやすくなる。黄色っぽく色落ちしたノリは製品としての価値が大きく損なわれるため、さらに収穫量が減ってしまう。

こうした問題は、日本のノリ養殖漁場のほとんどで見られる。唯一、宮城県仙台湾では温暖化の影響が見られていないが、東京湾、三河湾、伊勢湾、瀬戸内海、有明海では温暖化の影響で生産量が減少。中でも、日本を代表するノリ養殖漁場として知られる有明海での影響が大きい。

福岡県・有明海の漁場。有明海は大規模なノリ漁場で、高密度で養殖。潮の満ち引きにより水面の上に出ることで定期的に日光に当たり、健康に育つ(写真提供:水産研究・教育機構)
佐賀県の漁場。引き潮になり水面の上に出たノリ網(写真提供:水産研究・教育機構)

23℃以上でも育つノリ品種の開発へ、プロジェクトが始動

人間から見ればわずか1℃の違いでも、ノリの生育には大きな影響がある。ノリは23℃以下でないと細胞分裂が正常に行われなかったり、成長しても網にくっつかずに流れる「芽流れ」が起きてしまう。たとえ育つことができたとしても、高温にさらされることで細胞が多層化してコブのようなものができてしまい、板ノリにしたときの食感が悪くなって結局商品にならないのだ。

正常に発育したノリ葉状体(断面)(写真提供:水産研究・教育機構)
高温にさらされたため多層化してコブのようなものができてしまったノリ葉状体(断面)(写真提供:水産研究・教育機構)

このような海水温上昇によるノリ養殖の問題を解決するため、高水温でも育つノリ品種の開発に取り組んでいるのが、水産研究・教育機構中央水産研究所水産生命情報研究センター長の加藤雅也さんらのグループだ。

水産研究・教育機構中央水産研究所水産生命情報研究センターの加藤雅也センター長

「24℃以上で2週間以上生育可能なノリ品種の開発を目指しています。それが実現すれば、水温上昇により短くなってしまった生育期間を以前と同じレベルまで戻すことができます。今後さらに水温が上昇する可能性も見据え、高水温耐性育種の研究を進めています」と、加藤センター長は語る。

ノリの生産量減少への対策は、国も重要課題と位置づけている。平成25~29年度には、農林水産技術会議委託プロジェクト研究「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のためのプロジェクト(温暖化の進行に適応するノリの育種技術の開発)」(以下、本プロジェクト)が実施され、現在もその成果を継承した研究開発が進められている。ここでその一端を紹介していこう。