東日本大震災の直後、まだ飲み水が十分に供給されないとき、避難所の人々が最も欲したのは、「水がなくても食べられる食品」だった。自治体から備蓄食として渡されたのは主に乾パン。「硬くて食べられない」と途方に暮れる高齢者や幼い子どもたち、小麦アレルギーを抱えながらも食べざるを得ない人、さらに深刻なのは、流動食しか摂取できない重度の身体障害者だったという。

そうした状況を目の当たりにし、「水がなくても、誰にとっても食べやすいものを」という思いから「防災ゼリー」を開発したのが、被災地・宮城県名取市を拠点に活動するベンチャー、「ワンテーブル」だ。防災ゼリーをきっかけに宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で宇宙と食のコラボレーションを進めるなど、被災地発の食やアイデアを世界へ、さらに遠く宇宙にまで広げようとしている。

震災から7年半が過ぎた今も変わらず復興の現場に軸足を置きつつ、世界に向けて発信し続けるワンテーブルCEOの島田昌幸さんに、食を中心とした今後の事業展開と、被災地に向けた思いを聞いた。

宮城県の太平洋沿岸、名取市に本社を置く株式会社ワンテーブルは、2011年の東日本大震災をきっかけに「防災食」の開発に取り組んできた。その成果が、今までにない防災ゼリー「LIFE JELLY」だ。内容量30gという小さなパウチ容器に入ったゼリーながら、7種類のビタミンと食物繊維が豊富に含まれ、非常時の栄養補給に役立つ。2018年3月には「賞味期限5年」というハードルも越え、今や防災備蓄食として、多くの自治体から引き合いが来ているという。

栄養バランスを重視してつくられた防災備蓄食の「LIFE JELLY」。5年間の備蓄が可能だ。写真は開発中のパッケージのイメージ(写真:ワンテーブル)

最大の特徴は、ゼリー状であること。非常食というと乾パンのように乾燥した食品が一般的で、水なしにはとてものどを通らない。だがそもそも、非常時にもっとも不足するのは水なのだ。

「貴重な水がなければ食べられないものを公的機関の備蓄食とするのはどうなんだろうという思いがありました」と、同社CEOの島田昌幸さんは防災ゼリーを開発しようと考えたきっかけについて語る。自分たちも被災者でありながら、震災直後から避難所での炊き出しなどの被災者支援を続ける中で、そうした思いが強くなったという。

宮城県名取市に本社を置くベンチャー、ワンテーブルCEOの島田昌幸さん(写真:編集部)

「被災後の食事は乾パンやおにぎりなどの炭水化物ばかりで、その生活が10カ月以上も続きます。しかも、被災者の中には乾パンや缶入りパン、アルファ米のようなものが食べられない高齢者、乳幼児、障害者もたくさんいます。私が見た避難所では、小麦アレルギーなのに発疹を我慢しながらパンを食べざるをえない子どもの姿もありました。そのような人たちでも食べられる備蓄食をつくれないかと、試行錯誤を繰り返し、やったできたものが、このゼリーだったのです」(島田さん)

羊羹での失敗を経て、ゼリーの開発に成功

ワンテーブルには従来、野菜をパウダー化する独自の技術があった。そこで最初は、野菜パウダーを練り込んだ羊羹(ようかん)をつくった。羊羹ならば栄養と同時にカロリーも摂取できるからだ。しかし、作った羊羹は時間が経つと菌が検出されてしまい、長期保存する備蓄食になりえないと判断。そこから先はゼリー開発に集中した。

「防災ゼリーには、充填技術、包装技術、レシピ開発と、日本のものづくりの技術が凝縮されています」と、島田さんは開発の道のりを振り返る。

例えば充填技術。長期保存食の製造には、雑菌などが入り込まないクリーンな環境が必要だが、大規模なクリーンルームを建設するとコストがかかってします。そこで、レトルトパウチ容器を製造するオリヒロ株式会社に協力を依頼した。同社は、食品の製造ラインのうち充填する部分だけを無菌化する技術を持っており、これをゼリーの製造工程に導入した。同様に包装材料やレシピ開発についても業界トップクラスの企業の協力を仰ぎ、5年以上の長期保存が可能なゼリー「LIFE JELLY」が完成した。

「LIFE JELLY」は、充填、包装、レシピ開発の3つで高い技術を結合することによって5年以上の長期保存というハードルを突破した(写真:ワンテーブル)

「今回、防災ゼリーの開発に成功したのは、当社がつくった防災ゼリーという“ものづくりのテーマ”にメーカー各社が共感し、各社の優れた技術をつなぎ合わせることができたからだと思います。当社の役割は、テーマをつくること、そして優れた技術をつないで新しい価値や世界観を作る“コネクテッド・インダストリー”を生みだすことと考えています」と、島田さんはワンテーブルの戦略について話す。

「LIFE JELLY」の反響は大きく、現在も多くの自治体との間で商談が進行中だ。そうしたなかで聞こえてきたのは、カロリーの重要性を求める声だ。当初「LIFE JELLY」は、カロリーよりも栄養バランスを重視して開発を進めてきた。だが、備蓄食として市場を広げるには高カロリータイプのゼリーが必要とわかり、目下、開発を進めている。

「乾パンなど、従来の備蓄食と同じカロリーと価格で提供すれば、水なしで食べられて、省スペースにもなる防災ゼリーに十分勝機はあると思います」と自信をみせる島田さん。自治体によっては、カロリーと栄養の両方のタイプを揃え、完全な備蓄食にしようと前のめりなところもある。2019年春には宮城県多賀城市に建設中の量産工場が稼働し、順次製品が出荷される予定だ。

胃ろうの人に食の喜びを与える「LIFE JELLY」

実は、「LIFE JELLY」は、日常的に医療的ケアを必要とする重度の障害者や高齢者の栄養補給食としても、その役割が期待されている。

LIFE JELLYは経管栄養としても使用できる。胃に直接挿入された細いチューブでも詰まることはない(写真:藤本一希さん)

きっかけとなったのは、福井県福井市で在宅医療を専門に行うオレンジホームケアクリニックとの出会いだった。重度障害児の在宅医療を行う同クリニックには、胃に直接栄養を送り込む胃ろうにより生命を維持している患児も多い。そのような患児は口からものを食べる喜びを知らない。口から食べられるとしても、おかゆくらいの硬さでも誤嚥のリスクがあり、食べ物の状態には細心の注意が必要だ。

同クリニックの藤本一希さんは「LIFE JELLY」について知る機会があり、さっそく障害児に食べてもらった。すると誤嚥することなく、するりと口から食べることができた。さらに、胃に挿入した細いチューブにゼリーを通してみたところ、こちらも詰まらずに通せることがわかった。「LIFE JELLY」は、経口栄養としても、経管栄養としても、どちらでも使える絶妙な固さの流動食だったのだ。

「このゼリーならば、障害者の方々にも食の喜びを知ってもらえます。しかも、いざというときには生命維持に役立つ。それは本当にありがたいことです。今は私たちのクリニックの患者さんたちにこのゼリーを食べてもらうなどして、共同で製品開発を進めています」という藤本さんは、「LIFE JELLY」が障害者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めるものと期待している。

「LIFE JELLYが障害者のQOLを高めると期待しています」と語るオレンジホームケアクリニックの藤本一希さん(写真:編集部)

「LIFE JELLYが障害者の方の役に立つと分かって、すごく感動しました。ここまで信じてやってきて良かった」と、島田さんも興奮気味に話す。