SAKEは世界標準になるか? 海外で「蔵」が続々誕生

順調に輸出を伸ばしている日本酒だが、「正念場はこれから」と、喜多さんは言う。

「今のところ海外での日本酒の需要は、おそらく9割以上がレストランです。しかもほとんどが日本食レストラン。海外の日本食レストランの数は2020年くらいまでは増えるでしょうが、そこから先は大幅な伸びは期待できません。今後、日本酒の海外市場を伸ばすためにはレストラン以外の家庭需要やギフト需要を開拓する必要があるでしょう」

海外、とくに欧米人が普段の食事でワインを飲むように日本酒を飲むようになれば、安定した需要が見込める。日本酒のライバルはワイン、というわけである。とはいえフランスのワイン輸出額は1兆円超。これと肩を並べるのは至難の業だろう。

だが、夢物語といってあきらめるのはまだ早い。日常の食卓に浸透するためのステップ――グローカリゼーションの萌芽として、海外で日本酒(クラフトSAKE)のマイクロブルワリー(蔵)が盛んにつくられていることに注目したい。それも日本人だけではなく、現地の人たちが日本酒に魅力を感じ、マイクロブルワリーを建ててわが町の「地酒」をつくろうとしているのだ。

きた産業の調べによれば、2018年8月時点で北米(カナダとアメリカ)には18カ所のクラフトSAKEの蔵があるが、その半数以上はここ5年以内につくられたもの。同様にEUには6カ所の蔵があり、そのすべてがここ5年以内のものだ。

日本酒が「世界標準」を目指すうえで、こうした「わが町の蔵」が果たす役割は大きい。地元でつくられた「地酒」であれば買おうという人も増え、食卓に登場する機会も増すだろう。

海外でおいしい「地酒」をつくることにいち早く目を付けたのが、カナダのバンクーバーにある世界初のクラフトSAKEの蔵「アーティザンサケメーカー」だ。オーナーの白木正孝さんは地元産の酒米にこだわるあまり、自分で原料となる酒米をつくり始めたという。

カナダのバンクーバーにある世界初のクラフトSAKEのマイクロブルワリー(蔵)「アーティザンサケメーカー」。地元のブリティッシュコロンビア州で原料の酒米を栽培。「Osake」ブランドで純米酒やにごり酒などを販売している(写真提供:きた産業)

米国・シアトルの「タホマ富士酒造」は、地元出身のアンドリュー・ナイヤンズさんが開いた蔵。夫人の実家のある富山で酒造りを学んだ後、2014年に酒蔵をオープンしたという。丁寧に手づくりした日本酒は、地元の日本食レストランや居酒屋などに卸すほか、日本での販売も予定している。

米国・シアトルの「タホマ富士酒造」は、地元出身のアンドリュー・ナイヤンズさん(下の写真・左)が開いた蔵。日本酒づくりに魅力を感じ、故郷で酒蔵を開いた。下の写真・右はきた産業社長の喜多常夫さん。(写真提供:きた産業)

米国ブルックリンに2018年に開業した「ブルックリン・クラ」は、日本酒のおいしさに感動したというアメリカ人2人が古い港湾倉庫を改修して設立した蔵。カリフォルニア米のほか、アーカンソー州で栽培された酒米「山田錦」を使い、品質の高い日本酒をつくることで話題になっている。

米国ブルックリンに2018年に開業した「ブルックリン・クラ」は古い港湾倉庫を改修してつくられた蔵。下の写真の左からブランデン・ドーガンさん、ブライアン・ボーレンさん、喜多さん。(写真提供:きた産業)

「酒の大航海時代」へ、船出するベンチャー

海外市場をメインターゲットに据え、日本酒の製造に乗り出すベンチャーもいる。山形県鶴岡市に本社を構える「WAKAZE」だ。

創業者のひとりで代表取締役社長の稲川琢磨さんは、元外資系コンサルティング大手に勤務した経歴を持つ。大学時代の2年間をパリで過ごし、ヨーロッパにおける日本文化の認知度の低さに悔しい思いをしたという。

コンサルティング大手に就職して2年が経ったころ、ある日本酒との出会いが稲川さんに起業を決意させる。

「あらばしり(清酒を搾る際に、最初に出てくる酒)を飲んで、鮮烈な味わいに衝撃を受けました。同時に、もっと面白い酒をつくれると思った。そして自分のつくった日本酒で、海外に日本文化の素晴らしさを伝えたいと考えたのです」と、稲川さんは創業時の思いを語る。

WAKAZEの創業者で社長の稲川琢磨さん。(写真:編集部)

「WAKAZE」は、日本酒の企画と販売を行い、山形や千葉にある蔵元に製造委託するファブレスメーカー。外国人の嗜好を意識し、洋食に合う新しいタイプのSAKEの開発に取り組んでいる。

2017年には、ワイン樽で熟成させたお酒「ORBIA(オルビア)」と、柚子や山椒などのボタニカル素材を入れ芳醇な香りが楽しめる「FONIA(フォニア)」を開発。先行販売した「ORBIA」は、初年度に1万本を販売するヒット商品になった。2年目は両シリーズ合計で約3万本を売り上げた。

WAKAZEが販売する、洋食とのペアリングを楽しめるオーク樽熟成のお酒「ORBIA」と、柚子や山椒などのボタニカル原料を取り入れ芳醇な香りが楽しめる「FONIA」。(写真提供:WAKAZE)

2018年には東京の三軒茶屋に和風バルを併設したマイクロブルワリーを開設し、新製品開発のスピードを加速させた。ブルワリーでつくったお酒をバルのお客様に味わってもらい、意見や要望をフィードバックして日本酒づくりに磨きをかけていく。

WAKAZEが東京・三軒茶屋にオープンした和風バル(写真上)と併設のマイクロブルワリー。ここで多くの日本酒レシピが開発され、磨きあげられていく。(写真:編集部)

WAKAZEは、海外市場の開拓にも余念がない。すでにパリ、ニューヨーク、香港、シンガポール、タイ、台湾に進出。2019年には中国本土でも販売する予定だ。

さらに2019年夏をめどに、パリに開発拠点を置く準備を進めている。三軒茶屋と同様、小さなレストランを併設したマイクロブルワリーだ。創業当初から考えていたという「パリの蔵」を早くも実現させようとしている。

日本酒の可能性に賭け、世界を舞台にビジネス拡大を目指すWAKAZE。果たして勝機はあるのか、稲川さんに聞いた。

「市場は、健全な競争があってこそ盛り上がるもの。とくに酒のような嗜好品の場合、市場が活性化するにはプレーヤーがたくさんいることが重要ですが、国内は免許制というのもあって競争が十分だったとはいえません。僕は“日本酒の大航海時代が来る”と思っています。日本よりも海外のほうが、変化は速い。海外の酒蔵が刺激となって、日本国内の市場が活性化されていくと思います」

日本酒が『Japanese SAKE』ではなく、ただの『SAKE』と呼ばれ、ワインやビールに比肩する“世界標準”になる日は、果たしてやってくるのだろうか。