アーティストによる励ましなど、エンターテイメントの力を生かして、闘病に悩む患者の治療に向かう姿勢を変える。エイベックスが、そんな取り組みを進めている。がんなどの早期発見を促すために検診を啓蒙することも狙いの一つ。健康増進への取り組みが浸透するなかで、エンターテインメントの役割が増していきそうだ。

尿1滴で調べるがん検診をご存じだろうか。C. elegansと呼ばれる線虫の、特定の匂いに反応する特性を生かし、がんの1次スクリーニング検査を行う「N-NOSE(エヌノーズ)」である。昨今、犬の嗅覚を活用したがん検査が脚光を浴びているが、犬の約800種類に対し、線虫の嗅覚受容体は約1200種類。この鋭敏な嗅覚と、がん患者の尿の臭いを好み、健常者の尿を忌避する特性(化学走性)を活かし、N-NOSE では“がん特有の匂い”を検知して早期発見を支援する。

このN-NOSEの運営会社と手を組み、合同会社を設立した企業がある。エンターテインメント業界大手のエイベックスだ。なぜエイベックスが医療分野に参入したのか。理由は大きく2つある。一つはN-NOSEの訴求を支援すること、もう一つは苦しい治療に悩む患者を力づけること。特に強く意識しているのが小児向け。エンターテインメントの力を生かし、従来とは違うアプローチで人々の健康を守ろうというわけだ。

この取り組みの鍵を握るのは、AVEX&HIROTSU BIO EMPOWER LLC.代表/エンパワー・チルドレン 理事を務める保屋松靖人氏。その設立には、保屋松氏の個人的体験が深く関わっている。その体験を通じて、N-NOSEの検査手法を確立した広津崇亮氏と出会い、感銘を受けた保屋松氏が、自らプロモーション役を買って出た。

N-NOSEを確立したHIROTSUバイオサイエンスの広津氏

「数年前、私の子どもが横紋筋肉腫という小児がんにかかった。幸い周囲の協力もあってベストな治療を受けることができ、今は元気になったが、日本の小児がん患者は決して少なくない。毎年2000~2500人、約1万人に1人いるとされ、そのほとんどが自覚症状が出てから病院に行って精密検査で見つかる。なぜなら、定期的に子どもにがん検診を受けさせる親などいないからだ」。保屋松氏は、こう話す。

「小児がんの患者はステージが早ければかなりの確率で治癒すると言われており、そのためにも簡単な手段で早期に発見できることが重要になってくる。そんな中、知人を介して広津先生と出会った。N-NOSEが実用化されれば、わずか尿一滴の検査でがんの早期発見の可能性が高まる。例えば小学校の尿検査に組み込まれたら、小児がんの撲滅にぐんと近づく。そこで先生に“ぜひN-NOSEをエンターテインメントの力を使って広めさせてほしい”と申し出たのがきっかけになった」

AVEX&HIROTSU BIO EMPOWER LLC.代表/エンパワー・チルドレン 理事の保屋松氏

ちょうど広津氏自身、どんな優れた技術があっても、能動的に検査を受けてくれないことには意味がないとのジレンマを感じていた。そしてN-NOSEはがん検査のブレイクスルーとなるポテンシャルを持つだけに、なおさら啓発が重要との認識があった。「その課題を解決するため、エンタメの雄であるエイベックスとぜひ一緒にやりたいと言ってくれた」(保屋松氏)。

実はそれ以前に保屋松氏は、“エンタメの力”を実感する出来事を体験済みだった。同氏の子供と同年代の小児がんにかかっている女児がいて、その子がたまたま氏が担当しているアーティストの大ファンだった。そこでアーティストに頼んで「早く退院してコンサートを見に来てね」と励ましのメッセージを送ったところ、治療に対して非常に前向きになった。

「後日、お母さんからお礼の手紙が届いた。それまでは治療が苦しいと嘆いていたが、メッセージをもらったことで自発的に治療を受ける姿勢に変わったと。彼女にとって、一日も早く退院してコンサートに行くことが目標になった。

そのとき、ここにもエンターテインメントの存在価値があると強く感じた。幸いにもエイベックスには若者に大きな影響力を持つアーティストがたくさん所属している。もしも彼らが『自分ゴトとしてがん検診をとらえてほしい』と発信すれば、若者のがんに対する意識も変わってくるのではないか」(保屋松氏)