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311から子育て世代が今、学ぶべきこと

(2014/03/31)

 災害時のお仕事は初めてだった私が、いても立ってもいられず被災地に駆け付けたのが2011年4月1日。あれから、今日で3年がたちます。


 あの時ほど、自分が産婦人科医で、「女性総合医療」を仕事にしていてよかった、と思ったことはありませんでした。


 なにしろ、妊婦さんのお悩みは様々で、身体をトータルで診るセンスや知識が必要です。1人の人に、お肌のかゆみ、便秘、こむら返り、膀胱炎、など、いくつものマイナートラブルがあっても不思議ではありません。そして、どのお薬なら妊娠中や産後でも安心して使えるのか、これを知らなければ、いくら名医であっても治療はできません。


 妊婦さんがふだんよりものどが渇き、水分を必要としていること、子どもを守るために必死になるあまり、とてもデリケートであること。子どもには大人とは違う感情表現があり、ストレス反応があるということ。


 このことを知って対応できて、本当に良かったな、と思うのです。


被災地に妊婦さん診察ツールを持って駆け付けてくれたイスラエルからの医療チーム(藤岡洋介先生(静岡家庭医養成プログラム 菊川家庭医療センター)ご提供)
災害後の新生児訪問で出会えた赤ちゃん。こんな時に、よく無事で生まれてきてくれたね、元気に育ってくれてありがとう。と、涙が止まりませんでした



災害後の新生児訪問で。どんなに道の悪いところでも、そこにお母さんと赤ちゃんがいると聞けば飛んでいく助産師さんパワーを目の当たりにしました
東京・文京区の母子救護所に指定されている跡見学園には、文京区からお水、食料、ミルク、超音波検査機器など、たくさんの備蓄が届けられました

♪お母さんと子どもは地域の「錨(いかり)」


 311以後、災害時に妊産婦さんと赤ちゃんを守る仕組みづくりに3年間ずっとこだわってきました。何といっても、日本中、世界中見回しても、どこにも「これだ!」という答えやお手本がないのです。


 災害、お産、妊娠中のケア、赤ちゃんのケアーーそれらの分野が重なる部分で行政や保健医療の仕組みづくりをしている人は、いませんでした。


「誰もしないならば、私がするしかない!」


 そう心に決めて、2年前から、災害が起こったらどうやって母子を守るか、という研究や研修に携わってきたのです。


 「お母さんと子ども」は、医療、教育、法律、制度、地域、すべてに接点を持つ、錨(いかり)のような存在だと思っています。地域復興のキーパーソンと言って過言ではありません。


 また、女性の強みとして、色んな方とあっという間につながれること、コミュニティ作りが上手なことがあります。見知らぬ者同士がオープンになって自分をさらけ出すのは難しいもの。互いに様子を見ながら自分を少しずつ見せ、同時に色んな情報をキャッチできる才能を比較的多くの女性が持っています。


 「お母さんと子ども」は、守ってあげなければならない足手まといになる存在ではなく、むしろ、コミュニティの連帯感や安心感を生み、ほかの人を助けてあげられる存在だと思っています。


♪避難所だけではわからない救護ニーズ


 災害はいつかは必ず起こります。


 でも、助け上手、助けられ上手、そんなスキルを向上させ、災害直後に母子が安全に過ごせ、地域のために力を発揮できる仕組み作りのためには何が必要なのか、いろんな方からお知恵をいただいてきたので、少しご紹介したいと思います。


 地域で「アクティブ防災」を運営しているNPO「ママプラグ」は、川崎市内の避難所運営会議(自治会)や区役所や男女共同参画センターと協力して防災訓練を始めました。


 防災訓練が必要な人といえば、当初は高齢者と障がい者を想定していた方も多かったようです。地域の交流がないと、違う世代の住民同士知り合う機会がありません。避難訓練で顔を合わせながら勉強することで、妊産婦は助けが必要だと知ったり、子どものいる避難所を想定することができるようにもなりました。


 避難所、というと、家がなくなってしまった人のためのものを想定しがちです。しかし、震災直後は、車中泊やテント泊をしている家族が大勢いました。車やテントが避難所よりも過ごしやすいわけではありません。子連れ家族にとって、まわりの目がある避難所はそれ以上に過ごし辛い場所だったのです。


 大人はストレスをじっと耐えて消化するもの。しかし、子どもは、遊んだり騒いだりしてストレスをいやそうとしてしまいます。大人と子どもではプロセスが違うということが知られていないと、子どもたちが少しでも声を上げようものなら、「こんな時に、どうして遊べるんだ」「ふざけるんじゃない!」という怒声が飛んできてしまうのでしょう。


 お母さんたちは、「後ろめたい」「周りの目が気になる」「またうるさいと言われたらどうしよう・・・」と居心地の悪い避難所を後にして、水浸しの自宅に戻ったり、車中泊を選びました。


 つまり、お母さんや妊産婦の救護ニーズは避難所だけでは見えないことも多いのです。


♪子どもは食事をがまんできない


 宮城県登米市で女性の支援を行うNPO「WE(Wemen's Eye)」の方々が宮城県でのヒアリング調査を行ったところ、行政と 支援団体の優先順位から漏れた自宅避難者へは支援が来ず、自宅が流された人が優先された、という声が上がってきました。また、弱者が引け目を感じないような配慮が必要、という意見も聞かれました。

 被災地では、半壊状態の自宅に戻ったため、避難所に物資をもらいに行けない家族がいました。生活必需品が足りず、飢えていたとしても、自宅があるなら避難所に物をもらいに来てはいけない、と言われた方がたくさんいました。自宅が流されて絶望的になっている避難所の人の感情も理解できなくはありませんが、食料どころか、水をもらいに行けなかった人々の感情的なもつれはその後のコミュニティの分断につながってしまったケースもあります。


 避難所のリーダーにとっては、帰宅してしまってお母さんや子どもの人数の把握ができない以上、自宅にいる人にはおむつやミルクを分けられない、という事情があったのでしょう。避難所リーダーの平等感、使命感、迷いも分かります。しかし、子どもを抱えた家族にとっては、自宅があろうとなかろうと、食事や水などをがまんできない子どもたちだけにでも、食料が欲しいという痛切な思いもあったのです。


♪避難所ではなく「受援所」


 現在、あちこちの地方自治体では「避難所には来ないでください」「自分たちで3日分の生活ができるようにしましょう」と呼び掛け、自助と共助の力を強めようとしていますが、家にいる人が何ももらえないとなると、在宅で災害後に耐え忍んでいるの人が孤立し、自宅があっても避難所で場所取りをする、ということになりかねません。


 自宅にいたい人は安心して自宅にいられるように、支援物資を受けられるようなルール作り、避難所ではなく支援物資を受ける「受援所」が必要ではないかと感じ、東京都文京区の母子救護所プロジェクトとともに、災害時に役立つ場作りを進めています。


 在宅で暮らす人も「生活に不自由している要援護者」という意識を持ち、必要物資を受け取れるのが受援所です。文京区では、区と提携した母子救護所に、ミルクやお水、食料品や産科対応ツールを備蓄しました。


 私がたくさんの方にお知恵をいただきながら進めている政策研究チーム(下記)では、自宅にいるお母さんや子どもも助けてもらえるルールやマニュアルを作りながら、東京都助産師会や地域のみなさん、大学機関や医療機関がお互いの強みを提供し合い、次世代型の災害対応システムを作りつつあります。



参考:

平成24年度文部科学省科学研究費補助金「災害時に求められる母子保健―東日本大震災における母子の健康影響に関する研究から―(研究代表者:吉田穂波)」平成25年度報告書

平成25年度厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)「妊産婦・乳幼児を中心とした災害時要援護者の福祉避難所運営を含めた地域連携防災システム開発に関する研究 (研究代表者:吉田穂波)」平成25年度報告書


参考ウェブサイト


アクティブ防災:http://www.active-bousai.com/


Women's Eye:http://womenseye.net/



*ecomom編集部よりこの記事は2014年3月に公開されたものですが、改めて掲載しました。

******** 吉田穂波(よしだほなみ)プロフィール

産婦人科医。元米ハーバード大リサーチフェロー。国立保健医療科学院主任研究官。日・独・英・米4カ国で5人を出産・子育てした経験もふまえ、ママこそ自分のカラダをもっといたわってほしいと思いながら、子育てと研究にいそしむ日々を送っています。

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