クローズアップ

アーキテクチュアル・シンキング アイデアを実現させる建築的思考術

「技術と表現」を常に意識、そんな思考が染みついている

第1回 tha ltd.代表取締役・デザイナーの中村勇吾氏(前編)

 今号から新しく始まった連載「アーキテクチュアル・シンキング アイデアを実現させる建築的思考術」。ブランディングデザイナーの西澤明洋氏が、建築系の出身でありながら、現在は建築系以外の分野で活躍するデザイナーやクリエーターなどにインタビューして、発想の原点を探っていく。最初に登場するのは、東京大学で土木や建築を学びつつも、現在はデジタルクリエーターとして知られるtha ltd.の中村勇吾氏の前編。

西澤:本日はありがとうございます。まず、今回の「アーキテクチュアル・シンキング」という連載企画の経緯からお話をさせていただきます。僕は現在、ブランディングデザインを専門にしていますが、元々は京都工芸繊維大学で建築を学ぶところからデザインの勉強をスタートしています。そこから建築への道は歩まず、一度メーカーに就職してプロダクトデザイナーとしてキャリアを積んだあと、独立・起業してから、現在のブランディングデザイナーとしての活動を開始しています。

 僕らが卒業したときは、ちょうど不況のときだったのか、建築だけではなく、さまざまな分野に就職された方が多いようです、しかし、そうした方々が、いまや建築以外の分野ながら、それぞれの第一線でクリエーターとして注目を集めています。中村勇吾さんもデジタルクリエーターとして有名ですが、本来は建築学科出身ですよね。

中村:そうです。当時は製図ばかり描かされていました(笑)。

中村勇吾氏(なかむら ゆうご)●ウェブデザイナー/インターフェースデザイナー/映像ディレクター。1970年奈良県生まれ。東京大学大学院工学部卒業。多摩美術大学教授。98年よりウェブデザイン、インターフェースデザインの分野に携わる(写真:名児耶 洋)

西澤:今回、僕が「アーキテクチュアル・シンキング」と名付けた理由もそこでして、各分野で活躍している方の出身学科を見ていくと、建築学科が結構、多いのではと感じました。いろいろな方とお仕事をしていると、「実は私も建築出身です」と。特に僕よりも若い世代の方が顕著で、建築をベースにしながら、いろんな分野で新しいものを次々に開拓しています。なぜ建築出身者は新しいものを生み出しやすいのか、考え方がどう違うのか、発想法はどうなのか、といった僕の疑問から「アーキテクチュアル・シンキング」という今回の連載企画が生まれました。そうした点をインタビューで深掘りしていきたいと思います。

 連載の第1回目のインタビュー相手として、建築的なバックボーンを持ちながらデジタルクリエーションと呼ぶべき新しい分野を開拓するなど、言わば「アーキテクチュアル・シンキング」のパイオニア的な存在ともなっている中村勇吾さんにお願いしました。これからも各分野の方にインタビューする予定です。まずは中村さんがそもそも、なぜ建築を志したのかをお聞かせください。

中村:ざっくり言いますと、高校生の時にガウディの作品集を見て啓発されたのがきっかけです。当時の名だたる建築家の方の多くは東京大学の出身者だったので、私も東大に行くため一生懸命に勉強して何とか東大の工学部に入りました。しかし入学後は「燃え尽き症候群」のような感じで、あまり勉強しない日々が続いていました。工学部に入学はしたものの、入学後に振り分けられる各学科の中で建築系の学科はとてもハードルが高く、成績が足りずに行けませんでした。そのため私は正確に言うと建築系ではなく、その隣の分野とも言うべき、土木系に進んだんです。土木でも製図など建築と同じカリキュラムを選択できたので、大学生の時代は半分が建築で半分が土木の日々でした。

西澤明洋氏(にしざわ あきひろ)●ブランディングデザイナー/エイトブランディングデザイン代表。1976年滋賀県生まれ。企業のブランドから商品・店舗開発など幅広いデザイン活動を行う

 所属していた研究室では、土木分野の中にあった、当時できたばかりの「景観」を勉強していました。今で言えばランドスケープですね。それまでに日本の高度成長期は、自然を壊して高速道路や橋を架けたりしていました。そうした反省から景観に注目されるようになったのでしょう。当時はまだ新しい分野でした。そうした研究を続ける中で、建築の勉強も必要だったので、両方を手がけるようになりました。一般的に言えば土木と建築と別の業界ですが、実際に手がけていることはほとんど同じですから、両分野の知識が問われるのです。

西澤:学生時代は土木や建築を収めていたわけですが、就職のときはどうされたのですか。

中村:研究室の先生が土木系でありながら、建築系に理解のある方だったので、ある設計オフィスにアルバイトとして入りました。そこのオフィスで今までに手がけていた建築物が、とても格好良かったからです(笑)。

 しかし一方で建築業界の厳しさも理解しました。建築の分野で独り立ちするのは、とても難しい。有名な建築家にあこがれていたものの、そうなるまでの確率がとても低いので、まさしくギャンブルに近いと思ったほどです。そこで建築をあきらめ、ゼネコンや官公庁への就職といった道も探りましたが、これ以上の試験が嫌だったので(笑)、最終的には中規模の土木系の設計オフィスに入社しました。ここでは構造計算など土木の設計コンサルタントのような業務を行っていました。大学院を出て4年間ぐらいは、そこに勤めていたのです。

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